大名
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忠英

○ 壬生に来た最初の鳥居家

鳥居 忠英(とりい ただてる)は、江戸時代の大名。
下野壬生藩の初代藩主。鳥居家6代。

先代忠則の長男として生まれたが、忠則は元禄2年(1689年)に家臣の不祥事で閉門逼塞となり、それを恥じて自害したため領地は収公された。

しかし、藩祖元忠の功績により、長男忠英に能登のうちで1万石が与えられ、下村藩が立藩され、元禄8年(1695年)に1万石が加増され2万石を持って近江水口に移封された。
忠英は、宝永2年(1705年)奏者番兼寺社奉行、正徳元年(1711年)若年寄となった。
翌正徳2年に1万石を加増され、封地を下野・下総・大和・播磨に移されて下野壬生に移る。
享保元年3月21日53歳で死去した。