大名
次へ
戻る
鳥居元忠

○ 壬生藩と鳥居家

壬生藩は明治維新まで続いた藩で、その最後の藩主が鳥居家です。
鳥居家の初代元忠は、徳川家康が天下統一を果たした関が原の戦いを前に、石田三成を相手に元忠は800人の兵力で立て籠もる(伏見城の戦い)。元忠は最初から玉砕を覚悟で、最後まで戦い抜き、討ち死にした。享年62。
徳川家康の天下統一は鳥居元忠の功績を抜きには実現されなかったといっても過言ではない位、歴史上重要な人物ですが、実は壬生には来たことがありません。

○ 初代 鳥居元忠とは

元忠は幼少の頃から徳川家康に仕えて幾度となく功績を挙げたが、感状をもらうことは無かった。
家康が感状を与えようとしたが、元忠は感状などは別の主君に仕えるときに役立つものであり、家康しか主君を考えていない自分には無用なものであると答えた。 絶対の忠臣であったと言われている。

元忠が討ち死した後、家康は忠実な部下の死を悲しみ、その功績として子孫に関東に4万から5万石高の城を与え、子孫は後に山形藩24万石の大名に昇格している。
元忠の出生地は愛知県岡崎市渡町(元の矢作町)と言う所で鳥居氏発祥の地として碑が建っている。