女性看護人
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弘田親厚

◎ 大政奉還 ‐安塚の戦い-

○ 大政奉還(たいせいほうかん)とは

大政奉還(たいせいほうかん)とは、江戸時代末期の1867年11月9日に、江戸幕府第十五代征夷大将軍徳川慶喜が、大政(統治権)の朝廷(天皇)に対する返上を申し出た政治的事件です。

薩長同盟が倒幕運動を推し進めていた幕末も大詰めの時期、徳川慶喜は、大政奉還により先手を打ち、この動きを未然に防いだ。慶喜は征夷大将軍職を返上しても朝廷側の公家が幼いので政権を担う能力がなく、実質的に政権運営を担い実権を握れると考えていました。

○ 安塚の戦い

大政奉還を不服とした旧幕軍は慶応4年(1868)4月19日、宇都宮城を奪取し、22日に壬生に来援した新政府軍の増援部隊を叩くべく出撃しました。

戦闘は雨の中、壬生と宇都宮の中間にある安塚宿近郊において夜明け前から開始され、当初こそ旧幕軍の伝習隊が 優勢でしたが、新政府軍の援軍がきたあたりから徐々に挽回し、ついに伝習隊を敗走させたのでした。

写真の土佐藩従軍医弘田親厚( ひろたちかあつ) は壬生城二の丸内に野戦病院を設置し治療に当たった人です。
安塚の戦いで負傷兵が続出したため女性を9人雇いはじめて女性の看病人を採用しました。