女性看護人
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○ 弘田親厚の征討日記

戊辰戦争真っ最中の1868年、壬生町内では「安塚の戦い」と呼ばれる、官軍(土佐藩)、幕府軍の両軍あわせて80〜90人もが戦死する県内最大の銃撃戦を展開しました。

国内初の女性看護人は、壬生城内に設置された官軍(土佐藩)の負傷兵を治療する「養生局」(野戦病院)で採用されていたことが、土佐藩医、弘田親厚の記した従軍記から明らかになりました。